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日々これ勉強(2002年11月の前半)

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11月のない男(の前半)

(11/1) 早くも11月。相変わらず午後からの大学。本日は夜に3年生の講座仮配属決定にともなう新歓コンパが予定されていましたが、肝心の3年生の参加者が1人だけになってしまいそうだったため、1週間の延期となりました。しかしそれはそれで、個人的には助かったことではあります。今日は実験関係でいろいろするべきことがあって、飲み会に出ているような時間が無かったのです(計画的じゃないからでは?と言われればその通りですが)。それらが全部片付いたのは午後6時過ぎでした。

 さて、コンパでの食事を当てにしていましたが、延期になったので6時過ぎに生協へ行き食料を調達してきました。夜中になってから、調達してきた「麺づくり」とサロンに置いてあった柿を食べました(何の疑いも無く口にしていますが、薬品でも塗ってあったら危険な行為だなあ)。その柿は種無し柿でした。柿といえば猿蟹合戦ですが、あのお話の中に出てくる柿がもし種無し柿だったなら、蟹も死なずに済んだのになぁなんて思います。ただ、猿が柿を食べるのはいいとして、そもそも蟹が柿を欲しがる動機がいまいち不明のような気もしますけど、あのお話は。動機というか関係性なら下の式みたいに無理矢理こじつけることはできますが(笑)。

 カニ+1=カキ

みたいに。そこでひらめいた問題。

「カニよ」は正しくなくて「カニか」は正しい。
「カキよ」は正しくて「カキか」は正しくない。

さてどういうこ〜とだ? 簡単すぎる?


(11/2) うおー今日はうっかり寝過ぎてしまい、夕方頃O田君から電話をもらうまで寝ていました。測定が終わったのでTHQのサンプルの交換ができるという電話。とりあえずシャワーだけ浴びてすぐに大学へ。そして待っていたO田君とともにサンプル交換をして、その後実験器具などの洗い物をこなしました。

 あっという間に夜になり(夕方まで寝てりゃ早いわな)、今日も今日とてまたもや「麺づくり」を食べました。ノンフライ麺が好きです。4分間待たなきゃいけない点が弱点ですが、それ以外はフライ麺よりも良いとこ尽くめのような気がします。具にこだわらなければ値段もそんなに変わらないしね。同じ値段でフライ麺とノンフライ麺が売られていたら、少し迷った末にノンフライを選ぶでしょう(迷うのかよ)。ノンフライ麺が登場したときは、インスタントラーメンも第3世代に突入したなあと思ったものです。第1世代はもちろんチキンラーメン。スープまでもが麺に含まれている点はそれだけでひとつの世代だと言えるでしょう。次がカップヌードル登場以降のいわゆるカップラーメン型のインスタントラーメンですね。その後大量に登場してきたスープを別袋にしたり具までも別袋に入れたりするラーメンはすべてその亜流で、「インスタント」という観点から見たら、むしろ退化していると言ってもいいかもしれません。味の幅は広がりましたが、手間が増えただけじゃないかと思ってしまうのです。そしていよいよノンフライ麺が登場したことで、食感の劇的変化が訪れることになったわけです。そんなに変わらない手間で生麺の感覚を味わうことができるようになったのは、大きな変化だと思います。同じように生麺感覚を謳った「ラ王」シリーズも第3世代に含まれそうですが、あれは一度入れたお湯を捨てるという手間が増えているので、インスタントから遠ざかった商品だと思います。食べてみれば美味しいなとは思えるんですが、わざわざお湯を捨ててまで麺を戻した甲斐があるほど美味しいとは思えないのです。だから、画期的ではあるものの、インスタントラーメンのカテゴリィに含めるのには、いささか抵抗があるのでありました。
以上、勝手にカテゴライズのコーナでした(いつからそんなものが)。


(11/3) 文化の日はお昼前から大学へ出てきて、昨日入れ替えたサンプルを夜までずっと測定。待ち時間の間は久しぶりに読書に没頭して、プロンジーニ&マルツバーグ「裁くのは誰か?」を読んでいました。最近こういう機会でもない限り読書をしなくなってしまったのがなんとなく悲しいです。いや、悲しいというより嘆かわしいに近いでしょうか。いや、嘆かわしいは違うな。なんだろ、切ないかな。儚いではないし、いたたまれないでもないし、やるせないってのもずれている気がするし、からくれないは濃い紅色だし(<全然違うじゃん)。なんだか寂しいわ、はぁ(溜息)って感覚なんだけどなあ(なんでお姉言葉なのか)。もっと日本語表現を自在に使えるようになりたいなと思ってみました(文化の日ってことで)。

 日本語表現もさることながら、もっと深刻なのは記憶力です。この頃一日の出来事をよく思い出せなくなっているのですが、アウトプット(日記)を怠っていると、インプットもままならなくなっているように思います。記憶を留めておくにもエネルギィが要るのでしょう。古い記憶が溜まって、新しいのは入れても入れても容器の端から溢れているような感じです。容器を大きくするか、記憶の粘性を高めれば(つまり印象強くするってことか)、少しは記憶容量の限界が伸びるかもしれません。容器の大きさってのが何を指すのかよく判らない(自分で言っといて)ので、とりあえず、毎日の出来事を印象深く記憶にとどめるような努力をしてみるか。

 夕食はコンビニまで行って仕入れてきたおにぎりなどを食べて済ませ、サンプルの測定が終わって、入れ替え作業まで完了した頃には日付が変わっていました。


(11/4) 昨夜は午前3時頃に寝ました。しかしふと目覚めて窓の外を見てみたら空は暗い。なんだか違和感を感じます。今が何時なのか確かめようとしたものの、近くに時計がなかったので、すぐに確認することはできませんでした。ひょっとしてまだ全然寝ていなくて夜明け前に起きてしまったんじゃないか、とも疑いましたが、それにしては頭がスッキリしています。これはもしかしてもしかするのでは、と怯えながら雑多なものに埋もれていたアナログ時計を取り出し確認してみると・・針が示していたのは5時。朝方にしては今の季節からするとちょっと空が明る過ぎる気がします。えーと、ということは・・、夜明け前じゃないとすると、そう、考えられる可能性はひとつです。携帯電話の時計を確認してみてその可能性は確かなものになってしまいました。そこに現れていたのは4日の17時という表示。ガーン!なんということでしょう・・。丸々半日以上寝ていたってことじゃないですか(苦笑)。しかも、活動時間帯がスイス側にずれていることから、太陽の光を浴びることなく一日を過ごしてしまったという有様です。あーあ、久々にゆっくりできる休日が来たと思っていたら、なんと寝ているうちに終わったも同然です。ゆっくりするにも程があります、まったく。買い物にも出かけようとかいろいろ予定は考えていたのに、どうしてくれるんだ?>自分。とか思いつつ、起床後しばらく「エターナルダークネス」を進めてしまうあたり、本気で外に出たいとは思っていないのかもしれません。どうせ家に引きこもるなら日記でも書いとけばいいのにね。意志の弱い小学生みたいなことをしています(奨学生とは思えんな)。

 夜になり、ずっと気になっていた大学の実験装置の様子を見に行くことに。シャワーを浴びてから午後11時頃大学へ。暗い中自転車をコキコキです。でもって実験室に入り、実験装置を確認してみると・・どひゃーん。タイミング良くというかタイミング悪くというか、ちょうどトラブルが発生しているのを発見してしまいました。水を循環させていたチューブが劣化してついに亀裂が入り、水が漏れていたのです。それを早期に発見できたことがタイミングの良かったことで、水が漏れたことで実験を止めざるをえなくなったことがタイミングの悪かったことというわけ。まあ、そこら中が水浸しになる事態は免れただけでも良かったと思うべきでしょう。予定よりも早く実験は終了してしまいましたが、もともと試しに実験時間を延長していただけなのでそれほどショックではありません。真夜中の出来事だというのが悲しいですが、ここまでで得られている元素の回収をすれば、サンプル的には問題ないかと思います。その後、実験装置周りの水漏れのあと処理をして洗い物の乾燥などを少し。

 夜明けが近かったため、起きたまま大学にいようかとも思いましたが、やはり習慣からなのか、たっぷり寝ていたにもかかわらず目がしょぼしょぼしてきたため、一旦帰宅して寝ることにしました。翌日(というか今日)も朝から測定の予定が入っているのであんまり眠れません。朝にちゃんと目覚めることができるだろうか。白雪姫を目覚めさせた王子様なら私を確実に目覚めさせてくれるだろうか(別の意味で目覚めそうだが<際どいなあ(笑))。


(11/5) 我が家の王子様はラジオです。タイマによって点いたラジオの音で3時間ほどの眠りから覚めました。起きたのは午前8時です。それから1時間ぐらいごろごろして9時には大学へ。ブラックコーヒーを1杯と食べかけだったフランスパンの残りを食べて、本日分の測定を始めました。

 昼食を食べる暇もなく測定を続けましたが、測定の間に微妙な待ち時間はあるので、それを利用してプロンジーニ&マルツバーグ「裁くのは誰か?」をようやく読了しました。9月から読み始めた(買ったのはもっと前)ので丸々2ヶ月もかかったしまいましたが、とても読みやすい文体で、読んでいる時のスピードは他の本を読むときよりもむしろ速い方でした(つまり読んでない時間が長かった)。それだけ面白かったということでしょう。さすが森先生が推薦されているだけのことはある作品ですね(結局はそこに辿り着くのか)。初めて読む作家の作品でしたが、その作家の癖を知らないで読めるおかげで、先の展開が読めてしまうこともなく最後のどんでん返しまでとても楽しむことができました(というだけでネタバレ気味ですが)。う〜ん、これは確かにギリギリです。解説によると、このプロンジーニという人は他の作家との共作を、長編短編問わずまた傑作選みたいなものまでも精力的に書いているらしい。機会があれば他の作品も探して読んでみたいと思います。絶版になっていなければですが(「裁くのは誰か?」すら復刊ものですからねぇ)。

 夜は測定が終了してから生協ヘ行って、食料を調達。買ってきたソース焼そばパンを食べて、明日明後日の測定ためのサンプル交換を4年生のI黒さんとともに行ない、その後改めて夕食に「麺づくり」の味噌味を食べました。上から読んでも下から読んでも味噌味です(<横書きじゃん)。最近「麺づくり」ばかり食べていますが、特別「麺づくり」が好きというわけではなく、それは単に現在生協で安く売られているからに外なりません。羞恥心がなければ大量にまとめ買いをしていることでしょう、きっと。あでも、もちろん「麺づくり」はノンフライ麺ですから、先日書いたように他のフライ麺のラーメンよりは好みのタイプです。女性のタイプもノンフライ麺がいいですね(意味深長)。

 現在T中先生が意欲的に製作を進めている地化図カレンダのデザインについて、T中先生と話し合うために印刷会社のデザイナさんが夜になってからやってきていましたが、その作業に助手のM先生とA原先生も夜遅くまでつきあわされていたようです。午後5時には帰るつもりだったらしいM先生なんかは見るからに悲愴感が漂っていました(笑)。お気の毒だとは思いましたが、その場に下手に顔を出さなくて良かったとも思います(にこ)。まあ自分はサンプルの測定中だったのでどうせ手伝うことはできなかったでしょうけど。しかし、あとから聞いて唯一残念に思ったのは、そのデザイナさんが綺麗なお姉さんだったということです(そんなことばかり思っていればいいのだ)。やはり顔を出しておくべきだったかと少し後悔。人生の半分は不純でできているのです(笑)。まあ、知らぬが仏という可能性もありますが・・。


(11/6) 水曜日は二度寝していたところをM先生からの電話で起こされて始まりました。その内容は、M村先生のパワーブックをプロジェクタに接続しても映像が写し出されないらしく、その原因としては何が考えられるのか?というものでした。そんな話を電話で、しかも寝起きに聞くだけじゃ状況なんて解ったものじゃありません。結局その質問には解らないと答えるしかなく、電話で起こされたという事象だけがあとに残ったのでした。しかししかし、それで不快に思ってはいけません。なんせこちらとしては、その電話によって助けられたと言っても過言ではないのです。もともと本日は朝に起きるつもりだったのですが(こんなこと言ってる時点でどれほどの生活を送っているのかが伺い知れよう)、上記の通り二度寝をしていて、電話がなければ寝過ごしていたわけですからね。非常に稀に発生する電話のメリットですが、こういうことがたま〜に(一年に2回くらい)あるので、なかなか電話を家から無くすことができません(無くそうとしてたのか)。

 シャワーを浴びて大学に来てからは、早速RbとSrの定量分析のための同位体測定を開始しました。午後3時頃、昼食に焼そばの「俺の塩」を食べた以外は特に休憩なしで午後9時過ぎまで測定は続けられました(って自分でやってるんですが)。ただし、昨日同様待ち時間を足せば結構な時間があるので、その時間を利用して今回も読書をしていました。何を読んでいたかというと、清涼院流水氏の「トップランド2001」です。久々に読んだのでその文体に慣れるまで時間がかりましたが、なかなか楽しめ、一気に読了してしまいました。冗長的な部分もありますが、試みとしては面白いと思います。しかしこのシリーズ、ほんとに毎年続くのでしょうか。

 測定終了後は、M1のU本君と実験室の掃除をし、夕食としてまたしても「麺づくり」を食べて帰宅。忙しいながらも食生活以外は充実しています。


(11/7) 朝に起きるつもりが目覚めたらお昼だった木曜日。その直前に見ていた夢の中でですが、とても可愛い女性に大学内で出会い、学内を案内して回っていました。風景はN大学というより、H大学に近い感じです。教養部の建物を過ぎた辺りには、何故かディズニーランドのホーンテッドマンションがあり(笑)、その裏側から見上げられる形になっています。つまり舞台裏を見るような雰囲気です。しかし、それは冷静に見ても実際のホーンテッドマンションの外見とは似ても似つかない建物で、その建物だけに雨が降っているような演出がなされているのが確認できます。それでも我々はその建物がホーンテッドマンションであると認識していました。そして、隣にいる女性に向かって私は知ったかぶっていろいろ説明をしていました。何を説明していたのか忘れましたが、気に入られようと必死だったのかもしれません。その後も変なところを案内して回っていましたが、夢の後半になってくると話はがらりと変わり、いつの間にかウッ●ャンナンチャンの●ッチャンが出ているバラエティ番組を見ている状態でした。どこから観ているのかはイマイチはっきりしませんが、テレビを通して観ているような感じです。そのコントの現場はどうやら銭湯のようで、湯舟にウ●チャンがわざと溺れたり、そのあと水面に発泡スチロールで作られたような「ママン」という文字が一文字ずつ浮かび上がってきたり(マサルさんか?)、何が面白いのか解りませんでしたが夢の中ではそれなりに面白がっていたように思います。で、特に何のオチもなくその辺りで目が覚めたしだいです。

 夢は起きている間に貯えられた記憶がランダムに再構成されている結果だということですが、出会った可愛い女性が誰だったのかどうしても思い出すことができません。それがなんだか悔しい(笑)。単にたまたま見かけた人が記憶に残っていただけかもしれませんが、もっと近いところで見たことあるような気がするんですよねぇ。とはいえ、夢が覚めた後では可愛いという印象だけしか残っていなかったので、その「見たことあるような気」すら怪しいわけですが。うーん、気になる・・。

 どれくらい気になるかというと、昼から大学へ出てきて本日も夜まで測定をしていましたが、その間、夢に出てきた女性のことをずっと思い出そうとしていたほどです。あれ、ちょっと待ってください、ひょっとして今、すごく恥ずかしいこと書いてますか?(笑) まあいいや。そんなことより、我こそはその女性だ!という方がおられましたらぜひとも挙手してください(笑)。老若男女は問いません(問わないのかよ!)。

 さて、本日もまた、測定をしながら本を1冊読了しました。昨日に引き続き清涼院流水氏のシリーズもの、「トップランド1980」です。これはなかなか凄かった。フィクション部分の話も面白かったですが、それよりも過去に実際にあった出来事をまとめた作業量を想像するだけで凄いなあと思います(そういうのを想像させてしまうところに良い印象を持たれない方もおられるでしょうが)。約30年分の主な国内外の出来事が載っているんですから。箇条書きとはいえ、資料的な価値は充分にあるでしょう。続編からは1年単位の話になっていくみたいですが、このシリーズいつまで続くのか楽しみです(終わりを期待しているわけではない)。


(11/8) 今週は慣れない「昼間の労働」週間だったためか、測定の予定が無くなった途端に昼まで寝てしまいました。無理がたたったというやつでしょう。というわけで午後から大学へ出てきて、3時頃から3年生の新歓コンパの準備を手伝いました。3年生の参加人数が1人しかいなかったことから1週間延期されていたコンパですが、今週になってみても結局2人しか参加できないようです。今回の料理は毎年恒例の鍋料理(作るのが簡単だから)で、普通の出汁鍋ふたつにキムチ鍋ひとつという組み合わせ。お手伝いしたのはニンジンや魚などを切ったりする作業です。昆布で出汁もとらせていただきました(沸騰させちゃったけど)。

 結構早い段階で会場準備の方は整い、野菜などをあららこめ煮込んでいた鍋がいい感じになり、午後6時半過ぎ、会場の講義室にてコンパの開始となりました。この新歓コンパは来年度からうちの講座に配属となる予定の今年の3年生が主賓なのですが、本日来てくれたのはさっきも書いたように配属されることになっている4人のうちの女性2人だけでした。ちょっと寂しいですね。しかし始まってしまえば普通のコンパ、わいわいやっているうちに3年生の存在も忘れてしまいます(<こらこら)。年に何回か開かれるうちの講座の飲み会の中でも唯一といっていい教官抜きのコンパということもあって、4年生のT井君の司会進行のもと、終始平和に盛り上がっていました。やがて宴もたけなわになった頃、3年生2人に自己紹介をしてもらい、こちらからは各指導教官の良いところ悪いところなどをそれぞれの指導学生からコメントしていったりして、際どい会話が交わされました(笑)。そのあとは、各テーブルそれぞれでそれぞれの話題に盛り上がっていたでしょうか。3年生の数が少ないから全員が全員3年生と話をできないのはしかたないところです。まあ、また正式に配属されてからでも話はできますから、そのとき話せば良いでしょう(卒業まで話す機会のない人も中にはいますけど)。コンパが終了したのは午後10時頃で、3年生も少し片付けを手伝ってくれました。どうもありがとう。

 その後コンパ代を幹事のA川君に支払い、平均年齢の高い有志6人が二次会で本山の居酒屋文明館へ。T辺氏の妹君が結婚するらしいとか、その結婚相手に紹介されそうでなんかイヤだという話から、結婚式ってあんまりしたくないよねぇという話などで盛り上がり、午前1時半頃まで飲み続けていました。解散後みんなはそのまま家路に就き、独り大学に寄ってから帰宅。頭が若干痛かったもののすぐに寝てしまいました。


(11/9) 酔いに任せてついついぐっすり寝過ぎてしまった土曜日、覚醒したのは太陽が西に傾いた頃でした。で、起きてから何をやっていたのかといえば「エターナルダークネス」です。もうマイナ過ぎて誰も話について来れないでしょうが、お構いなしに書きます(笑)。あのクトゥルフ神話を題材にしているゲームだそうですが、正直クトゥルフ神話なんて知りません。しかしそれでも問題なく充分に楽しむことができます。サニティ(正気度)のパラメータがあり、これが減っていくといろんな幻覚を体験するというサニティシステムが独創的で面白いです。どの辺が独創的かというと、この幻覚に惑わされるのは、登場人物というよりももっぱらプレイヤ自身なのです。ミステリィでいえばメタミステリィのような、作り物であることを敢えて意識させられる、そんなメタ的な演出が随所に盛り込まれています。それゆえ中には興醒めしてしまう演出もなくはないですが、最近では珍しく最後まで飽きることなくプレイできたゲームであることは確かです。久々にストーリィに唸らされました。先日チャターガ編をクリアし、本日遊んでいたのは2周目となるゼロタース編で、半分くらい一気に進めました。一度クリアしているので謎解きなどは簡単です。ストーリーも大して変わりませんがサクサク進める分、1周目とは違った面白さがあります。そんなこんなで、幻覚におののきながら休日の時間は過ぎていき、外にはいつしか夜の帳が降りていました。

 結局太陽の光を浴びることなく終わってしまった土曜日です。なんか先週もおんなじようなこと言ってたような気がしますけど、きっと幻覚でしょう。いずれにしても、ゲームしてる暇があるのなら日記を少しでも書いたらどうなんだという幻聴が今は聞こえています(苦笑)。まったくおっしゃる通りです。


(11/10) 日曜日。今日こそはと思いつつもやっぱり寝過ぎてしまいました。休日は容赦なく寝てしまう体質になってしまったのでしょうか(<っていうか、毎日寝過ぎちゃってる人はだれ?)。本日も陽が暮れようかという時刻に目覚めてしまい、こうなりゃもうヤケクソです、開き直って今日も「エターナルダークネス」を進めることにしました(ダメダメ人間)。さっさと2周目をクリアしちゃうのです。誰も判らないでしょうが、ゼロタース編のゼロタース様は色っぽいしゃべり方がいいですね(危ない発言だなあ)。

 そんなわけで、結局今日も夜まで家を出ることはなかった引きこもり生活です。まあ、外に出ても独りで行動することがほとんどなので、家に居ようが外に居ようが本質的な違いはありません。違うところといえば、家に居たら人との出会いがないということぐらいでしょうか。ときめくような出会いを期待するほどもう若くはないですが、たまたま街で肩がぶつかった相手が石川梨華だったりなんかする可能性も、ありえないとは言い切れませんからね(にっこり<って、思いっきり期待しとるがな)。しかし石川梨華だと思っていた相手は実はよく見ると仲間由紀恵だったりすると嬉しいですね〜(笑)。って、これじゃ妄想日記だな。すみません、きっと家に引きこもっていたせいで頭がほわほわになっているのです。どうか見逃してください。

 さて、日曜日でしたが、夜になってからいつものように大学へやってきて、スイス旅行記を書いたり、ネットを彷徨ったりで寝るに寝れなくなって徹夜してしまいました。夜が明ければコロキウムだからです。


(11/11) 徹夜明けの月曜日。午前9時半からはコロキウムでした。が、その前にプロジェクタとパソコンの接続にちょっとアクシデントがあり、U本君とS田氏の発表の間に休憩タイムが入るという異例の事態となりました。全然意味は違いますが水入りです。その後プロジェクタとの接続はうまくいき、全員が休憩から戻ってきてからコロキウムは再開されました。そのアクシデント以外は発表は滞りなく終了。

 コロキウム終了後は、M村先生がPowerBookとプロジェクタが繋がらない(ソフト的に)とおっしゃるので、問題の原因を探るべくあれこれ試行錯誤するのに立ち会っていたら、昼食には行かずじまいになりました。iBookにはない外部ディスプレイ接続の設定の問題だったようです。さらにその問題が解決したあとは、4年生のW木君の放射化分析のサンプルが測定中に止まっているらしいという報告を受け、W木君とともに急遽アイソトープセンタに行って確かめてみることに。見てみると何故かは判りませんが実際に止まっていて、ほとんどのサンプルが測れていない状態でした。測れていないなら測るしかないので、残り時間は少ないながらも泣く泣く測定を再スタートさせました(W木君がですが)。次の測定予定がすでに詰まっているため測定時間を短かめに設定せざるをえませんでしたが、せっかく原子炉で放射化したサンプルです、測らないよりは測った方がましでしょうという判断でした。測定装置自体は、最近はトラブルも無くうまく測定できていただけに、貴重な試料(今回は隕石試料)のときに限って止まるというのは、なんとも運が悪いとしか言い様がありませんね。前にもW木君のサンプルのときに似たようなことがあった気がしますけど、W木君、誰かに呪われているんじゃないでしょうか(笑)。

 さてアイソトープセンタから戻ってくると、今度はK藤君が待ち受けていました。彼の卒論のお手伝いで地図をスキャナで 読み込んだり、地質図の画像を適切な大きさに加工して元素の濃度データがプロットされた地化図の緯度経度に合うようにしたり、その結果をプリントアウトしたり、パソコンの使い方の基本的な部分から一通りのことを教えることになりました。本当は自分でやって もらった方が効果的なのでしょうが、いちいち「どうするんですか?」と訊かれるのも面倒だったので、だいたいの流れが分かってくれればいいという気持ちで初めはやるべき操作の一連の流れを実演して見せました(何度も言いますが全然大したことではありません)。普段パソコンをあんまり使わない人からしたら難しいことなのかもしれませんが、K藤君はそれ以前に頼り過ぎですよ(ズバッ)。人に訊けばなんとかなるだろうと思う前に、まずは自分でなんとかしようと頑張ってください。まあ人を遣うのも才能のひとつではあるけどさ。

 徹夜明けの上に今日は何かと引っ張りだこだったのでぐったり疲れてしまい、以降は自分のことをほとんど何もできずにそのまま夜が来て帰宅とあいなりました(溜息)。夕食は食べたんだろうか・・どうだろう、覚えてないなあ。


(11/12) 火曜日は前日の睡眠不足を補うべく自己防衛本能として(というのは言い訳ですが)昼頃まで寝ていました。早い話が相変わらずです。お昼過ぎに大学へ出てきて、昼食は食べずに午後1時からW木君とアイソトープセンタの液体窒素汲みを行ないました。この作業は、今まではセンタの人がやっていた仕事で今でも本来はそういう仕事なんですが、うちの講座の放射化分析の測定をベストの状態で行ないたいがために、我々講座の人間が当番制で毎週汲みに行き、自分達で液体窒素を装置に補充することになったのです。で、本日は私とW木君がその当番だったというわけです。約50リットルある大きな容器に液体窒素を入れるのは初めてでしたが、行き帰りの運搬が重くてちょっと大変な以外は、小型容器に入れる場合と大差なくあっさりと終了しました。しかし、なんだかんだで1時間くらいかかってしまう作業時間の長さがタマニキズ(っていうかタマでもないんですが)。センタの人の本来の仕事の一部をやっているわけですから、給料をもらってもいいような気がほんのりしますが、紳士である私はそんなこと口にしないのであります(にっこり)。

 夕方頃生協に行って「ダ・ヴィンチ」高田崇史氏の「試験に出ないパズル」を購入。さっそく「ダ・ヴィンチ」に掲載されている森先生の新刊絵本に関するインタビュー記事を読みました。久々の森先生のお写真がささきすばる氏とトーマ君との3ショットで載っていて和やかなのです〜(にこにこ)。

 夕食は理系カフェテリアにてT辺氏と食べましたが、深夜に帰宅してからも生協ブランドのミニヌードルミニというマグカップで食べるタイプのインスタントラーメン(?)と、スパゲティをついつい食べてしまいました。といってもこれが本日二度目の食事なので問題はないでしょう。スパゲティをソース無しで食べる場合(9割方ソース無しですが)三島食品「ゆかり」をまぶして食べるのが最近のマイブームだったのですが、いつの間にかコンビニからその「ゆかり」が姿を消していたため、今回は仕方なく「ふじっ子」をスパゲティにまぶして食べてみました。そしたらこれがなかなかいけるではありませんか。うんうん、こりゃ意外と良いなあ。量が少ないのが欠点ではありますが、これからしばらくはスパゲティのお供はこれでいこうと決意しました。決意するほどのことでもありませんが(笑)。


(11/13) 日曜日の徹夜のツケが遅れてやってきたのか(<じゃあ昨日は何だったの?)、 水曜日はちょっと度を越して寝過ぎてしまい、なんと空が暗くなってからの活動となりました(あはは)。もしかしたら体調が悪いせいで寝過ぎているのかもしれない、とも一瞬思いましたが、寝込んでしまったわけでもなく、寝起きはすこぶる元気なので、単に腑抜けて気合いが入っていないだけという結論を出さざるをえません(うぐぅ)。

 午後6時、同室のM先生が帰宅されるのとほとんど入れ違い状態で大学へやって来て、何かしら作業をしていたものと推察されます(そりゃ何かしらはしてるはず)が、よく覚えていません。想像ですが、たぶん地球科学の専門書を読みあさり、英語のヒアリングテープを聴きながら論文を3遍くらい写文して、実験をする傍ら新たな論文を読み込んだのちに、腹筋30回を5セット、腕立て伏せ20回を5セット、スクワット100回を2セットこなした上に、イラストを10枚くらい描いたものの震える手で描いたものは惨澹たる出来あがりだったため全部ボツにし、代わりに純真無垢だった頃の淡い恋の思い出をもとに一大叙情詩(しかもひとつの回文になっている)を書き上げ、その文字の並び替えでアナグラムを25通りくらい考え、環境保護運動はどこが間違っているかについても思いを馳せ、環境問題と絡めるならばエネルギィ的に見て明らかに不合理な生産態勢にある携帯電話の新機種のサイクルの速さにメーカ側はどの程度まで違和感を覚え先を見越した戦略をとっているのかということにも関心は及んだものの、やっぱり最後は論文を読みふけっていたり、なんてこと以外の行動をとっていたんだと思います。要するに、ぼーっとしていたんでしょう(笑)。

 夜中になって、朗報が舞い込んできました。12月にゲームキューブで発売される「ゼルダの伝説」の最新作の予約特典に、なんとNINTENDO64時代のゼルダの伝説と発売されなかった幻の「裏ゼルダ」がもらえるという情報を、某所にて得て、ひとり衝撃を受けていました。うーわ、うーわ、まさかあの任天堂が、そんなことをしてくるとは!ってなもんです。なんという太っ腹、しかしさすが任天堂。嬉しいことをしてくれますね(にこにこ)。ただ残念なのは、この衝撃を共有できる人間が周りにはいないということなのです。日記にゲームの話をあまり書かない(<最近書きまくりだった人はだれ?)のもそのためなんですよね。知り合いの中で、ロクヨン時代のゼルダの伝説を遊んだことがある奴なんて、すでに東京へ行ってしまったK藤氏ぐらいなもんですから。なにはともあれ、つくづく自分がゲーム好きであることを再認識した夜でした。ゲームに限らず独り遊びが好きなのかもしれません。だんだん遊ぶ時間は無くなってきてるんですけどねぇ・・。


(11/14) 明けて木曜日、珍しく朝8時に目覚めたものの、寒くて布団から抜け出せなくて まずは1時間くらいゴロゴロゴロ。起きてからもこたつで30分間ほど、もぞもぞもぞ。そんなふうに往生際の悪い寝起きだから、結局家を出るまでに目覚めてから3時間もかかってようやく大学へやって来たのでした。家を出たのが午前11時。曇りがちの木曜日です。

 昼食は理系カフェテリアにて食べ、その後4年生のK藤君の卒論のお手伝いをしました(まただ)。こちらとしては、あくまでも卒論に使うらしい図を印刷するまでの方法を例示的に低画質バージョンで教えたつもりだったのですが、彼はどうもそのクオリティで満足らしいのです。フォントとか文字の配置とか図の画質とか、そういう装飾的な部分には全然こだわらない質らしい(自分はこだわり過ぎの感がありますが)。諦めがいいというのか、適当に済ませようとしているのか、志しの違いを思い知らされた11月も半ば。これはジェネレーションギャップではなく単なる個人的な執着度の違いだと信じたいですね。人それぞれ興味の対象もその度合も違いますからね、こちらの価値観を無理矢理押し付けるわけにはいきません。彼には自由に羽ばたいていってもらいましょう(遠い目)。

 夕食も理系カフェテリアで食事でしたが、食堂へ行くために一瞬外に出ただけでも寒さを感じるほど、最近は夜になると気温が下がります。本格的な冬の足音が聞えてきたということでしょうか。冬に足があればの話ですけど。あ、冬将軍っていうくらいだから足はあるのかな。素足だと寒そう・・。関係ないですが、今後の予定を想像してみたところ、年内にスキーに行くことは無さそうです。時間が無いからというよりは、むしろ一緒に行く人がいないからという理由で。


(11/15) 本日も一度起きたものの昨日の睡眠不足がたたって二度寝して、午後1時過ぎに目覚めることとなった曇りがちの金曜日。っていうか、いい加減同じような文章書くのも飽きてきたなあ!(笑) それ以外に特に言うことは無いのですが、それにしても毎日、睡眠不足がたたって、二度寝して、昼過ぎに大学へ来た、という記述から日記が始まっているのもどうかと思います(<今更そんなことを言うのか)。昔はもっとネタに走る日とかあったはずなんですが、今の状況はどうしたことでしょう。きっとネタが無くなったか、ネタを考える時間がないかのどちらかだとは思います(後者だと信じたい)が、あまりにも起こったことしか書いていない日記というのも、自分で読んでいて悲しくなってきますね・・だって、女の子だもん(誰が?)。まあ、たまには悲しむのもいいかもしれませんが、悲しむのは愛しい人に思いが伝えられないときだけで充分なので、そのときのためにとっておくことをお薦めします。突然ですが、ここで重大発表〜。実はこの日記の更新が遅れてきた頃から、リアルタイムな日記はメモ程度のものを秘密のページにアップして過去分と現在分を並列にして日記を公開していたのですが(知ってました?)、そのときに書いていた本日分の内容は以下のようなものでした。

本日も一度起きたものの昨日の睡眠不足がたたって二度寝して、
午後1時過ぎに目覚めることとなった曇りがちの金曜日。
それ以外に特に言うことは無いのだが、起きたことしか書かない
日記というのも悲しいものがある。
たまには悲しむのもいいかもしれない。
あとになって表の日記に書き起こすとき、この内容の無さから
どれだけ話を膨らますことができるのか見ものである。
未来の自分から文句が聞えてきそうではあるが。

その膨らませた結果が冒頭の文章なわけですが、はっきり言わせていただこう、もっとちゃんと書いとけよ!>過去の自分。膨らますも何も、まったく別の話をすることでしか量を増やせないような文章じゃないか(ぷんぷん)。何が“たまには悲しむのもいいかもしれない”だ。その簡略的すぎる文章だけで、もう充分に悲しいっちゅうねん。それに何より、こうやって過去の自分の思惑通りに過去の自分に対して文句を言うことでしか話を膨らますことができていない今の状況が悲しいです(苦笑)。唯一の救いは、過去の自分には決してこの状況を見ものとして確かめる手段がないことぐらいでしょうか。へっへ〜ん、やーいやーいざまあ見ろー。


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