名古屋大学祭講演会
「小説には向かない職業」
2000.6.11(日)

■レポート■

★2000年6月、名大祭にて行なわれた森博嗣先生の講演会の模様をなるべく時系列に沿って記述しています。途中、個人的な感想や想像が混ざっているかもしれませんが、予めご了承願います。なお、森先生もおっしゃっているように講演内容を記述し公開することは、著作権の侵害のおそれがあります。それを覚悟でここに公開するするものであるということを認識してお読みください(と言っても、読む分にはなんら問題はないと思います)。


【下】
 ここからはスライドを使ったお話です。研究のお話から旅行、趣味のお話まで一見順不同でスライドは次から次へと移っていくのですが、本当はなんらかの法則性があるのでは? と疑うのは深読みし過ぎかもしれません(笑)。やっぱりなかなかテキスト化は難しいですね。諦めてここで【下】の終わりにしても良いのですが、各方面(どこどこ?)からの要望に答え(笑)思い出せる限りつづってみました。

 ここからは主に、シミュレーション真似がテーマになってきます。
 まず、研究のお話で、プッチンプリンのようなものが崩れていく様(約2秒間の様子が6コマの絵で表されています)をコンピュータでシミュレートしたスライドを出されました。20年くらい前のコンピュータ(9800)ではシミュレーションの計算に1週間くらいかかっていて、そのときの大型計算機センタでは1万倍くらい早かったが、今ではMac(G4とか)で大型計算機センタの100分の1くらいのスピードが得られるので、あまり計算機センタを使わなったというお話。ちなみに森先生は10年くらい前にMacに乗り換えて、コードウォーリアというCを使ってプログラムをされていたとか(何のことか分らないで書いています・・苦笑)。

 次は絵はがきに出てくるようなどっかの教会(?)の写真。これが汚くよごれていて、見に行った時は掃除中だったとか。で、絵はがきに載るような写真は、10年に一度くらい大掃除された時に一気に撮られるそうです。だから普段見に行っても、たいてい汚れているというお話。

 次にチューリッヒケーブルカーの写真。石畳の道路の上を行くケーブルカーが写っています。そこで森先生はスイスは怖い国ですねぇというお話をされましたが理由については、「忘れてくださいね」ということだったので、忘れました(笑)。とにかくこの写真はその光景が良かったので撮られたということです。

 そして、バブルの頃にどこかのゼネコンによって設計された、月面の基地の完成予想図を見せられながら、「月になぜ基地が要るかと言うと、鉱物資源を確保するためですね。また地下深く作るのは、宇宙線の影響を少なくするためです」というお話(ほんとに脈絡がないように感じられますが・・・)。
 また別の月面基地の図では、6角形の建物のまわりに同じく6角形のパイプラインのようなものがぐるりを囲っているのですが、「これは実はロケットの発射台としてもともと円としてイラストレータが描いたものを、おそらく上層部の人間が建物の形に合わせて変えさせ、台無しにしたものですね」とおっしゃる森先生。よく建築学科の講議でも使われる図だそうです。そういう頭の固い、わからずやの上層部って実際結構いるんでしょうね、世の中。

 それから模型の写真へ。「これは真似ですね」と森先生。これは「ミステリィ工作室」にも載っている写真(のちほど確認)で、「鉄道模型趣味」という雑誌で佳作を取った作品だということです。87分の1(だったかな?)の軽便鉄道の模型で、小屋があってその前には砂袋が積んであって、紙で作られた自動車(ミゼット)があって、そこにいるおじさんの持っているやかんは1ミリメートルしかないというレイアウトです。模型の話をされる時の森先生はやっぱり、いつも以上に楽しそうにお話されている気がします。私もこういう細かいものを作るのは好きなのですが、未だやったことはありません。なんだか大人の趣味だなあという印象を今まで持っていたからでしょうか。いずれ挑戦してみたい分野ではあります。って私の話はどうでも良いですね、はいはい。

 さて、続きましてはシミュレーションの話。ドームでの火災の広がっていく様子のスライドを見せられながら、「こっちのスタンドは全滅ですね(笑)」「ま、全滅と言っては問題あるかも知れませんが、建物などは必ずどういう風に燃え広がるとか、どのくらいの地震で倒れるとかはちゃんとシミュレーションされて決まっています」ということでした。ふむふむ、建築らしい話になってきました。と思っていたら、次はレイトレーシングの話へ。
 まずは20年くらい前のレイトレーシング技術。これはCGで使われているもので、ある方向からの光(レイ)が物に反射して目に入ってくるまでをシミュレーションするものだということです。その当時ディスプレイの色数が256色しかなかったために、実際には計算されているけど表示されるものは情報が削られてしまった粗い画像になってしまうという話なんですが、この画像に写っている物体(丸い)を森先生は指されて「これはドラえもんが埋まっている、わけではなくてですね・・」という軽いジョークを交えてのご説明でした(笑)。
 そして時代は進み、12年ほど前のレイトレーシング技術の画像のスライドです。これはマンションが建っていて前の街灯付きの道路には車が走っているという絵なんですが、最初は昼間の絵です。そして夕方→夜→霧の夜と絵は変わっていきます。そこにある物は同じものが配置されています。しかし、夜をシミュレートした画像になるほど、リアテリィが増していくのは明らかです(写真と見間違うほど)。これは、「人の目が日頃見ているデータ量が昼と夜では1万倍くらい違っているからで、情報量の多いものをシミュレートするよりも、少ないものをシミュレートする方がより本物に近づけやすい」というお話でした。だからアメリカのゴジラも夜に暴れたのだとも。そして小説も同じで、ミステリィのように普段あり得ないもの(リアリティのないもの)を描いた方がむしろリアリティを得やすいのではないでしょうかともおっしゃっていました。なるほどですね〜(感心してばかりです)。

 それから玉が管の中を通過するときの空気の流れのシミュレーション。これは衝撃波の実験で、新幹線がトンネルを通過するときの様子を知るために用いられているということでした。マッハで走っていなくても、部分的な空気の流れはマッハになることがあるとか。

 そしてそしてラジコン飛行機あれこれのスライドショー(笑)。製作過程の写真から飛んでいる時の写真(これはご本人が操縦しておられるため少ない)までいろいろ見せていただきました。大きいものになると、1.8分の1のスケールのものもあるとか。ほとんど本物ですね。森先生ご自身が写られているスライドもいくつかあったのですが、先生は「これは・・いいですね」と照れ笑いされながらすぐに引っ込められてしまうのです(残念)。あと、質問タイムで答えられたことですが、基本的に森先生は作るのがお好きで、ラジコン飛行機も一回飛ばせばあとは飾りになるそうです。ラジコン飛行機も私がやってみたい分野のひとつですね。って聞いてないですか、はいはい。

 さらには、以前先生が仕方なく引き受けられたとおっしゃていたテレビ愛知の取材(ディレクタが同級生で同じ姓だそうです)風景もスライドになって出てきました(わーい)。しかし写っているのはテレビ局の人だけ・・。あと、これに関連して先日行なわれたフジテレビの取材(「ウォッ!チャ」ですね)のときの話も。「こんにちは」と言ってください、と言われたので森先生は「こんにちは」と普段どおりにおっしゃると、もっと元気よくお願いしますと言われ(笑)、仕方なくその通りになさったとか。なんとお優しい森先生でしょうか(うるうる)。

 桑名の六画邸の写真。鹿鳴館を設計したコントルの設計だそうです。Vシリーズに出てくるあの和洋折衷の建物ですね。ほんとに小説の通りで驚きました。日本風の建物の中、板の廊下と畳の廊下が並んでいる写真も。ここで森先生は「お付きの人はずっと板の上を歩くようになっていて、主人はずっと畳の上でトイレにもいけるようになっています」とご説明されていましたが「でもいつか交差するはずですよね・・」と疑問を持たれ「立体交差とかあったりして(笑)」とジョークを挟みつつやがて「あ、跳んでいけばいいのか」と納得されたご様子。再びお茶目な森先生です。

 次はイギリスに行かれたときのあのロムニー鉄道の写真もお見せになられました。ゲージが15インチの営業運転している鉄道としては世界最小だそうです。写真はたまたまお祭りのイベントでトーマスのお面をかぶっているやつです。でも、森先生はそのとき実はがっかりなさったとか。それはピンクハウスのような洋服を着たおばちゃんに陽気に話し掛けられたり(笑)したから、ではなくて、機関車がお面をしていたからだそうです。森先生はいつものロムニー鉄道を写真に撮りたかったのに〜と嘆いておられました。しかし、その日は全部の機関車が出ていたので、それは良かったとおっしゃっていました。

 あと、倉敷での写真とか長崎はハウステンボスでの写真。ハウステンボスの写真ではホテルが写っていて、「ここの辺りの部屋で密室殺人が・・」なんてご説明もあったり(笑)。それから高知での写真には坂本竜馬像の後ろ姿をバックに立っておられる森先生が。先生いわく、「こういう像の写真ってみんな正面からですよね。正面からの写真ならどこでも見れるわけです。だから、自由の女神の写真とか撮る時はみなさん、後ろから撮りましょう」 いやあ、嬉しいです。実は私も友人たちと坂本竜馬像の後ろ姿をバックに写真を撮ったことがあるのです。お話を聞きながら、わーい森先生と同じ〜(微笑)と内心ほくそ笑んでおりました。うんうん、そういうひねくれた(失礼)ところが好きです。

 最後の方のスライドでは、またまた研究関連のお話に移って、まずは渦のシミュレーション。流れる水に立てられた棒の後ろでできる渦の様子を表したCG(先生は美しいと表現)から、VR(バーチャルリアリティ:仮想現実)とAR(アーティフィシャルリアリティ:人工現実)の違いについて。VRとは本来、人間の目には見えないものを見せる技術で、例えばスライドに示されているような水の流れの線なんかがそれで、それに対して、ARが人間の目に見えるものをシミュレートする技術だそうです。だから、一般的に言われているVRとは、本当はARだということなんですが、「もうVRという言葉が広まってしまいましたねぇ」とおっしゃる森先生。言葉って誤用されてそのまま定着してしまう場合が多いようです。また、コンピュータのシミュレーションは人間の目に見えるものを越えているんだということもおっしゃっていました。これを聞いて、普段我々が見ている世界も表面的で、実は見えない多くの法則性があるということと同じなのかな、と思ったり(その場合のコンピュータは何にあたるのでしょう?)。
 次が水中施工しているコンクリートの写真。コンクリートは水と反応して固まるというだいぶお馴染みになったお話から、このコンクリートが明石海峡大橋などに使われているというお話まで。
 そして、今度は高層ビルのイラストのスライドで、現在の技術でどこまで高い建物を作ることができるか、というお話。だいたい1キロメートルくらいまでは可能だそうです。ただ、その建築費や維持費などを考えると、まだ現実的ではないとか。それにそんなに高くする必要があるのかという問題もあるということです。

 最後は評価について。「自分が今何をやっているのか、常に頭の上のほうから見つめていることが大事です」というありがたいお言葉で締めくくられたかどうかは参加者のみが知る(とか言って記憶が曖昧なことをごまかしてしまおう・・苦笑)。

 ここからは質問タイムです。久々に壇上に上がられたをかへまさん、「5分ほど休憩の予定だったのですが、時間がないのでこのまま質問タイムにいかせていただきます」と板に付いた司会ぶりです。質問タイムは15分ほどしかなくあまり多くの質問がされませんでしたが、主なものを以下に(先生のお言葉にはかなり想像によって補われているところがありますのであしからず)。

質問:長編と短編、書かれるときの違いはなんですか?

 そういう違いよりシリーズものかそうでないかの違いのほうが大きいですね。あと、短編を書いてくれと頼まれるから短編を書くんですけど(笑)。話が(頭の中で)できた時にもう長編か短編か決まっていますね。

質問:小説など書かれるものが載るメディアにはこだわりがありますか?

 基本的にこだわりはありませんね。小説については何でも良いですし、エッセィはインターネット上がいいかなあ・・。

質問:ネルソンは何犬ですか?

 うーん・・、毛は長くて・・耳は垂れてて・・テリア系の雑種ですかね。想像ですよ(笑)。

質問:将来役に立つからと考えられて研究されているのか、単にそれが面白いからされているのかどちらですか?

 あ、それはもう後者ですね。面白いからやっているんです。ただ、研究費などを取ってこないといけませんから、建て前でこういうところが役に立つとかは言いますよ。でも、まったく実用化されないということはないですからね、悪いことをしているとは思っていません(笑)。

 質問タイムも終わり、森先生は降壇(会場は盛大な拍手)、デイバッグの中に資料をしまわれてご退場となりました。
 こうして楽しく充実した2時間が終わったのでした。いつものように放心状態・・。長い間お疲れ様でした、森先生。いつもいつも楽しいご講演ありがとうございます。そしてこんな長いだけのレポートを読まれた方もお疲れ様でした。

 この講演会のどこでおっしゃっていたかは忘れてしまいましたが、「現在実用化されているような技術というのは、30年くらい前にすでに研究は終わっているものなんです」ともおっしゃっていました。これは研究に携わる者としては励みになるお言葉です。研究とはずっと先のことを見据えて行なわれるものだということですからね。今自分がやっていることは、果たして意味があるのか? と時々思ったりするんですが、森先生のお話を思い出したり作品の中の言葉を思い出したりして元気が出てきます(たまに涙も)。研究者としても森先生は偉大ですね。ほんと、森先生に出会えて良かったとつねづね思います(嬉泣)。ああ、やっぱり未来は明るいぞ〜!(と涙を拭う)。

 しかし、森先生のカールヘルムの柄は何だったのか、結局わからないままでした(笑)。

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