名古屋大学祭講演会
「小説には向かない職業」
2000.6.11(日)

■レポート■

★2000年6月、名大祭にて行なわれた森博嗣先生の講演会の模様をなるべく時系列に沿って記述しています。途中、個人的な感想や想像が混ざっているかもしれませんが、予めご了承願います。なお、森先生もおっしゃっているように講演内容を記述し公開することは、著作権の侵害のおそれがあります。それを覚悟でここに公開するするものであるということを認識してお読みください(と言っても、読む分にはなんら問題はないと思います)。


【中】
 次にOHPを使ってお話されたのは、助教授としてのお仕事ぶり、その中でも授業で実施されている学生の質問に対するお答えぶりについてです。森先生は授業でテストは行なわれないことは有名な話で、それは問題を解くという行為は人それぞれで使う時間が違うのだから、時間を制限するテストをしてもその人の評価はできない、というようなことだったと思います(誤解してるかも)。だいたい5枚ぐらいのOHPを使われて、学生の質問とそれに対する森先生のお答えがずらずらずらっと紹介されていきました。力学の演習の授業だったそうですが、力学に関係ないものをピックアップされています。主なものを挙げてみますと(一言一句正確なわけではないですが)以下のようなもので、それについての森先生の当日のコメントは括弧内に。

問:読んでおくと将来ためになる本は何ですか?
答:あなたではないので、わかりません。あなたの人生です。あなたが選べば良いでしょう。

 「毎年こうやって学生に質問させていますが、『大学生は問う』とかって本になれば面白いと思いますね。『コンクリートが危ない』くらいには売れると思いますけど(笑)」

問:勉強する気がおきないときはどうすれば良いですか?
答:勉強すればいい。

 「そうするしかないですね。他に答えようがありません。何でも同じで、する気がおきない時の解決策はただひとつ、それをすることです。嫌々でもいいからとにかくやるしかありません」
このお言葉は大変胸に響きました。当たり前のことなんですけど、なかなかできないんだよなあ(苦笑)。しかし、森先生に言われたら、もうこれからはどんどんやれちゃいそうな気がするから不思議です。未来は明るいぞ!

問:鳥はどのくらいの大きさのものまでとべますか?
答:鳥によりますし、「とぶ」の定義にもよります。

 「どこからが『とぶ』なのかが難しいですね。人間だって1メートルくらいとびますし、だちょうもとびますよね」

問:世の中で、一番大切なものは何ですか?
答:時と場合によりますし、『大切』の定義によります。

 「これは、犀川先生がよく用いる手で、かわし系ですね」「だいたい答え方には4つぐらいパターンがありまして、癒し系とかわし系と無視系(あるいは返り打ち系)とまじめ系です。で、これはかわし系」

問:落ち込みそうになったとき、どうしますか?
答:落ち込まないようにします。

 「転んだ時は起き上がるしかありません」 ごもっともです。

問:化学に力学は必要ありますか?
答:専門ではないのでわかりません。あなたは世の中に必要ですか?と自問すればいいでしょう。

 「これもかわし系ですね」「この辺りからかわし系が多くなっていきます(笑)」

問:東京タワーからプルタブを落として、下を歩いている人に当たったら、その人は死にますか?
答:空気があるので死にません。

 「当った人はいつか死にますから死にます(笑)。まあ、空気がなければ窒息して・・それは冗談ですけど、空気

 ここでOHPの明かりにつられて虫が飛び込んできました。「けっこう虫が嫌いなんですよ」とおっしゃりながらしばらく虫と格闘される森先生。会場は笑いの渦です。そして一転、エドガー・アラン・ポーの短編にこういうシチュエーションがあったことを思い出され、その話をされました。「窓に蜂か何かがついていて、それを主人公が怪獣か何かに間違えて大慌てするという話でしたが、そんなわけないやろって思いましたけどね(笑)」そして「あ、そうか、ここが明るいから寄ってくるんですね(笑)」と気付かれたご様子(チャーミングです)。そのことから森先生、「虫が明るいところに寄ってくるのは、虫にとっては花も同じように明るく見えるわけで、そこに花があると思ってやってきているわけです。人間が火を使うようになってから何千年も経ちましたけど、飛んで火に入る夏の虫と言いますね。つまりまだ虫たちはそこに危険があるということを学習していないのです。逆に言えば、それぐらいの期間では遺伝子のアルゴリズムは変わらないということですけどね」と、思わぬ方向に話が広がるのでした。こうやって話の発散を狙ってらっしゃるのね、危ない危ないと身構える私でした>というのは嘘です、はい、とてもそんなこと考えられる余裕はなかったです、聞き入っていて(笑)。面白いんだもの。まだ続きます。

問:何回休むと落ちますか?
答:実験してみたら良いでしょう。

 「これも3年に一回くらい聞いてくるやつがいるんですよ(笑)」

問:人は死んだらどうなりますか?
答:今、君はどうなのかを言ってくれないとわかりません。

 「そうですよねぇ、人は死んだらどうなるか、それだけ聞かれても答えようがありません。まず、今あなたはどうなのか、を教えてくれないと。『今どうなんですか?』『楽しいです』『じゃ、死んだらそうじゃなくなります』と答えるだけですね」

問:今優先してしたいことはなんですか?
答:今していることが、それです。

 「よく、いやいやですけど、仕方なく今はこれをやっているんですよ、という人がいますが、その場合も、やらないまま後でもっとひどい目に合うよりも今やっておいた方がいいと判断しているから、今やっているんです。人が何を一番優先しているかはその人の行動を見ていれば分ります。その人が今やっていることが優先されていることなのです」
うんうん、これも胸に刻んでおこう。普段現実逃避と称して、逃げていることもありますが、やっぱり一番やりたいことしかできないんですよね、人間(しみじみ)。

ここで、森先生が一言「眠いですか?」とおっしゃられて、会場には笑いが。よく授業でも学生が退屈そうにしているなと思ったら、全然関係ない話をして、注意を向けさせるそうです。これはテクニックですね。また、授業では2割の人が寝ていて、3割が放心状態(必死で戦っている)で、残りの5割くらいが一応理解しているというか聞いている、という状況らしく、大学これで良いと思っておられるとか。「だいたいこういうことをやったな〜くらいに記憶があれば十分で、あとは必要になった時、それにアクセスすれば良いんです」とのこと。

 それから、「この週は3日くらい腕時計をなくしていて、記憶を辿ってみたら水曜日の会議でまだ終わらないのかと時間を確認した記憶があるので水曜日までは時計をしていたことは確かだなと思っていましたが、だんだん記憶の焦点があってきて良く見たら会議で見た時計は他人の時計だったということが判明しました(笑)。それは左腕だったんですよね。僕は右腕ですから・・」 後に実験室の手洗い場に置きっぱなしになっていたのを見つけられたそうです。

そしてOHP再開。

問:ドラえもんの手で何kgまで持ち上げられますか?
答:日本語が曖昧です。

 ここで先生はゆっくりと問と読まれた後、「主語がないですよね」「ドラえもんの手で誰が持ち上げるんでしょう? それが曖昧なので答えられません(笑)。クレーンを使ってドラえもんの手で持ち上げたら何トンも上がるかもしれませんけど、ドラえもんの手が壊れなければね」 これもかわし系なのでしょうか。

問:あんなに大きな恐竜は本当に存在できたのか?
答:本当にそうですね。

 これについては小学生のころの森先生も疑問をお持ちになっておられたようで、「化石がだんだん膨張するのだ」という仮説を持っておられたが、誰も聞いてくれなかったとか(笑)。大学で地学に携わってきた身にとりましては、その説を支持するわけにはいかないのですが、なんとも素敵な仮説であります。

 この他にもっとストレートなお答えのものもあって、例えば・・

問:好きな作家はいますか?
答:います。


問:好きな本はありますか?
答:あります。


など、相手が聞きたいことを分かっておられながら、「こう聞けば好きな作家を答えてくれるだろうという魂胆が見え見えの質問には、絶対に答えませんね(笑)」とおっしゃる森先生です(笑)。質問は的確にしなくちゃですね。

 OHPでのお話が終わって会場もカーテンが開けられ明るくなったところで、思い出されたのが、この日の午前中にベルリン在住の日本人の方から届いたメールの話。しかし、森先生は思い出し笑いを必死でこらえてらっしゃいます。「すみません、少し待ってくださいね(笑)」と笑いを押さえ込めようとされる森先生はまた新鮮です〜。
 で、その内容というのは、向こうのテレビ番組か何かの紹介で、4、5人の男女がバロック風の建物の中で云々という話で、バロック風というから、こう、豪華で教会みたいな立派な建物を想像してらしたそうです。しかしよく読んでみると「みすぼらしい」などという言葉が出てきておかしいなと思われたそうです。なんのことはない、「バロック」と「バラック」の誤植だったことがわかり合点がいったというお話。それから本当に恐ろしい誤植は、誰も気付かない誤植だとおっしゃられる森先生。これはいつもおっしゃられていることですね。その誤植が発見できるくらい読解力を身に付けたいものです(そういうものか?)。

そして、「あ、赤いハンカチを持ってる方、ちょっと振ってみてください」と、ぱふぇら〜に気を使われる場面も(お優しい)。しかしこの後「まだそんな伝統が続いていたんですね(微笑)」とおっしゃる森先生。そんなって言わないでくださいよお〜(涙)<おまえは振ってないやろ<見つからなかったんです(く〜)。

 森先生によりますと、毎回講演会のレポートを詳細にあちこちのホームページに書かれてしまう(ここみたいに・・笑)ので、今回はOHPとかスライドをわざと多く使って少しでもテキスト化しにくいように対策しているとのことでした。そして、話題もあっちこっちに飛ばし、講演が終わったあと、一体何の話をしたのか分らなくさせるのを狙ってらっしゃるとも(なるほどねぇ、どうりで書きづらいと思ってました)。「本当は、講演内容とかも著作権があるはずですよね。他の作家の方ならあとで本にしたりしますもんねぇ」とおっしゃって、おお、これは我々聴講者に対する戒めのお言葉なのか〜と思いましたがしかし、それでも書かずにおれないファン心理(笑)。まさに森先生に一本取られた感じなんですが、それでも頑張ってメモを取りましたとも、ええ。そして、このあとさらにテキスト化困難なスライド写真を使ったお話が続きます(ぬぬぬ〜)。

まだまだ続く【下】に続く・・・(いい加減長いな・・苦笑)


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