【独りシヴァタ】

Everytime He Meets You

過去分 ->

◆ 2002/11/20 (15:59) “光と闇が対峙する物語”

11/9
酔いに任せてついついぐっすり寝過ぎてしまい、覚醒したのは日が西に傾いた頃。
で、起きてから何をやっていたのかといえば「エターナルダークネス」である。
もうマイナ過ぎて誰も付いて来れないだろうがお構いなしだ。クトゥルフ神話を
題材にしたゲームなのだがクトゥルフ神話なんて知らない。それでも問題なく
充分に楽しむことができる。正気度のパラメータがあり、これが減っていくと
いろんな幻覚を体験するというサニティシステムが面白い。この幻覚に惑わされるのは
登場人物というよりももっぱらプレイヤ自身なのだ。ミステリィでいえば
メタミステリィのような、作り物であることを意識させられる、そんなメタ的で
興醒めしてしまう演出もなくはないが、最近では珍しく最後まで飽きることなく
プレイできたゲームである。先日チャターガ編をクリアし、本日は2周目となる
ゼロタース編を半分くらい一気に進めた。一度クリアしているので謎解きなどは簡単。
ストーリーも大して変わらないがサクサク進める分、1周目とは違った面白さがある。
そうして休日の時間は過ぎていき、外にはいつしか夜の帳が降りていた。
結局太陽の光を浴びることなく終わってしまった土曜日である。
そんなことしてる暇があるのなら日記を少しでも書いたらどうなんだという
声が今にも聞えてきそうだ。おっしゃる通りでございます。

◆ 2002/11/20 (15:35) “女性が増えるのは嬉しい”

11/8
慣れない昼間の労働週間だったためか、測定が終わったら途端に昼まで寝てしまう。
というわけで午後から大学へ出てきて、
3時頃から3年生の新歓コンパの準備を手伝って、ニンジンや魚などを切ったりした。
毎年恒例の鍋料理。普通の出汁鍋ふたつにキムチ鍋ひとつ。
結構早い段階で会場準備は整い、鍋がいい感じに煮えた午後6時半過ぎ頃
コンパ開始となった。この新歓コンパは来年からうちの講座に配属となる予定の
今年の3年生が主賓なのだが、本日来てくれたのは配属されることになっている
4人のうちの女性2人(珍しく女性率が高い)だけだった。
教官抜きのコンパということもあって、T井君の司会のもと終始平和にコンパは
進行していった。宴もたけなわになった頃、3年生2人に自己紹介をしてもらい、
こちらからは各指導教官の良いところ悪いところを指導学生からコメントして
いったりしたあとは、各テーブルそれぞれでそれぞれの話題に盛り上がっていた。
3年生の数が少ないから全員が全員話をできないのはしかたないところ。
コンパが終了したのは午後10時頃で、3年生も少し片付けを手伝ってくれた。
その後コンパ代を幹事のA川君に払い、6人が二次会のために本山の居酒屋文明館へ。
T辺氏の妹君が結婚するらしいという話や、結婚式ってイヤだよねぇという話など
で盛り上がり、午前1時半頃まで飲み続けていた。
帰りは独り大学に寄ってから帰宅。頭が若干痛かったがすぐに就寝。

◆ 2002/11/11 (20:33) “あなたは誰ですか?”

11/7
朝に起きるつもりが目覚めたらお昼だった木曜日。
その直前に見ていた夢の中でだが、とても可愛い女性に大学内で出会い、
学内を案内して回っていた。風景はN大学というより、H大学に近い感じだった。
教養部の建物を過ぎた辺りには、何故かディズニーランドのホーンテッドマンション
があり、その裏側から見上げられる形になっていた。しかし、それは冷静に見ても
実際のホーンテッドマンションの外見とは似ても似つかない建物で、
その建物だけに雨が降っているような演出がなされていたのが確認できる。
そして、隣にいる女性には知ったかぶっていろいろ説明をしていた。
その後も変なところを案内して回っていたが、夢の後半になると話はがらりと
変わり、ウッチャンナンチャンのウッチャンが出ているバラエティ番組を
いつの間にか見ている状態だった。そのコントの現場はどうやら銭湯のようで、
湯舟にウッチャンが溺れたり(もちろんギャグで)水面に「ママン」という文字が
一文字ずつ浮き上がってきたり(マサルさんか)、何が面白いのか解らなかったが、
夢の中ではそれなりに面白がっていたように思う。そのあたりで目が覚めたしだい。
夢は起きている間に貯えられた記憶が元になって構成されているということだが、
出会った可愛い女性が誰だったのか思い出すことはできない。
単にたまたま見かけた人が記憶に残っていただけかもしれない。
とにかく夢が覚めた後は可愛いという印象だけが残っている。
昼から大学へ出てきて本日も夜まで測定をしていたが、夢に出てきた女性のことを
ずっと思い出そうとしていたほどである。心当たりのある方は名乗り出てほしい(笑)。
また、測定をしながら本を1冊読了した。昨日に引き続き清涼院流水氏のシリーズもの、
「トップランド1980」である。これはなかなか凄かった。フィクション部分の
話も面白かったが、それよりも過去に実際にあった出来事をまとめた作業量を
想像するだけで凄い。約30年分の主な内外の出来事が載っているのである。
資料的な価値は充分にあるだろう。続編からは1年単位の話になっていくみたいだが、
いつまで続くのか楽しみである(終わりを期待しているわけではない)。

◆ 2002/11/11 (20:28) “引き続き麺づくる日々”

11/6
水曜日は二度寝していたところをM先生からの電話で起こされて始まった。
その内容は、M村先生のパワーブックをプロジェクタに接続しても
映像が写し出されないが、何が問題なのか?というものだった。
電話で聞くだけじゃ状況が解らず、結局その質問には解らないと答えるしかなく、
電話で起こされたという事実だけが残った。しかしこちらとしては助かった形である。
もともと朝に起きるつもりだったのが、寝過ごしていたわけだから。
シャワーを浴びて大学に来てからは、早速定量分析の測定を開始。
午後3時頃、昼食に焼そばの「俺の塩」を食べた以外は特に休憩なしで
午後9時過ぎまで測定は続いた。ただし、昨日同様待ち時間を利用して
読書をしながらではあった。清涼院流水氏の「トップランド2001」を読了。
久々に読んだので文体に慣れるまで時間がかかったが、なかなか楽しめた。
測定終了後は、U本君と実験室の掃除をし、夕食としてまたしても「麺づくり」
を食べて帰宅。忙しいながらも食生活以外は充実している。

◆ 2002/11/11 (18:27) “綺麗なお姉さんは好きですか”

11/5
3時間ほど寝て、目覚めたのが午前8時。1時間ぐらいごろごろして、
9時には大学へ。コーヒーを1杯と食べかけだったフランスパンの残りを
食べて、測定を始める。昼食を食べる暇もなく測り続けた。
とはいえ、測定の間に微妙な待ち時間はあるので、それを利用して
プロンジーニ&マルツバーグの「裁くのは誰か?」をようやく読了。
9月から読み始めたので丸々2ヶ月もかかったしまったが、とても読みやすく
読んでいる時のスピードは他の本よりもむしろ速い方だった。
それだけ面白かったということだろう。さすが森先生が推薦されている
だけのことはある作品である。初めて読む作家の作品だったが、
その作家の癖を知らないで読めるおかげで、先が読めてしまうこともなく
最後のどんでん返しまでとても楽しむことができた。確かにギリギリである。
解説によると、このプロンジーニという人は他の作家との共作を、
長編短編問わず、また傑作選みたいなものまでも精力的に書いているらしい。
機会があれば他の作品も探して読んでみたいと思う。絶版になっていなければだが。
夜は測定が終了してから生協ヘ行って、食料を調達してきた。
ソース焼そばパンを食べて、明日明後日の測定ためのサンプル交換を
I黒さんとともに行ない、その後改めて夕食に「麺づくり」の味噌味を食す。
上から読んでも下から読んでも味噌味(<横書きなのに?)。
最近「麺づくり」ばかり食べているのは、単に生協で安く売られているからである。
地化図カレンダのデザインについてT中先生と話し合うために印刷会社の
デザイナさんが夜になってからやってきたのだが、それにM先生とA原先生も
つきあわされて遅くまで作業をしていたようだ。5時に帰るつもりだったらしい
M先生なんかは悲愴感が漂っていた。お気の毒だが、その場に下手に顔を
出さなくて良かったとも思う。まあ測定中だったのでどうせ手伝うことは
できなかっただろう。
しかし、M先生によるとそのデザイナさんは綺麗なお姉さんだったそうで、
やはり顔を出しておくべきだったかと少し後悔。人生の半分は不純でできている。
知らぬが仏かもしれないが・・。

◆ 2002/11/11 (18:25) “睡眠のち幻覚ときどき実験”

11/4
午前3時頃寝て起きたら、外がほんのり暗かった。
一瞬何時かわからない。時計がすぐに確認できるところにはないからだ。
ひょっとして全然寝ていなくて、まだ夜明け前じゃないかとも疑ったが、
それにしては頭はスッキリしている。これはもしかしてもしかするのでは。
埋もれていた時計を確認してみると5時。朝方にしては今の季節からすると
ちょっと空が明る過ぎる気もする。次に携帯電話の時計を確認してみると
4日の17時という表示。ガーン。まるまる半日寝ていたらしい。
太陽の光を浴びることなく一日を過ごしてしまったということだ。
久々にゆっくりできる休日がきたと思っていたら、なんと寝ているうちに
終わったも同然とは・・。ゆっくりするにも程がある。
買い物にも出かけたかったというのに。
とか思いつつ、その後しばらく「エターナルダークネス」を進めてしまう
あたり、本気で外に出たいとは思っていないのだろう。
どうせ引きこもるなら日記でも書けばいいのにね。
夜になり、気になったのは大学の実験装置。だからシャワーを浴びてから
午後11時頃大学へ。実験室へ趣いてみると、タイミング良くというか悪く
というか、ちょうどトラブルが発生しているのを発見し、やむを得ず実験は中止。
予定よりも早いが、仕方なくここまでのサンプルの回収をすることにした。
その他、洗い物の乾燥などをして、そのあと起きたまま大学にいようかと思ったが、
習慣からか、たっぷり寝ていたはずなのに目がしょぼしょぼしてきたため
一旦帰宅して寝ることにした。翌日も測定があるのであんまり眠れない。
朝にちゃんと起きれるだろうか。

◆ 2002/11/11 (17:52) “26回目の文化の日”

11/3
文化の日はお昼前から大学へ出てきて、昨日入れ替えたサンプルを
夜までずっと測定。待ち時間の間は久しぶりに読書に没頭して、
プロンジーニ&マルツバーグの「裁くのは誰か?」を読んでいた。
最近こういう機会でもない限り読書をしなくなってしまったのが
なんとなく悲しい。いや、悲しいというより嘆かわしいに近い。
アウトプット(日記)を怠っていると、インプットもままならなくなる
ということかもしれない。記憶を留めておくにもエネルギィが要る。
夕食はコンビニまで行って仕入れてきたおにぎりなどを食べて済ませ、
測定はサンプルの入れ替え作業まで含めると日付が変わる頃までかかった。

◆ 2002/11/11 (17:02) “麺づくる日々”

11/2
うっかり寝過ぎてしまい、夕方頃O田君から電話をもらうまで寝ていた。
測定が終わったのでTHQのサンプルの交換ができるという電話。
シャワーだけ浴びてすぐに大学へ。待っていたO田君とともに
サンプル交換をして、その後実験器具の洗い物。
夜はまたもや「麺づくり」を食べる。ノンフライ麺が好き。
同じ値段でノンフライ麺が売られていたらそちらを選ぶ。
できあがりまでの待ち時間が4分と長いのだけが欠点だろうか。

◆ 2002/11/11 (17:01) “で、月が変わったわけだが”

11/1
早くも11月。こんなところでこそこそとメモ程度の日記を書き続けて
かれこれ2ヶ月以上になる。いい加減ここを表に出してしまおうかと
思うこともあるが、出す内容でもないので出さない。
見てもらってる人には申し訳ないが所詮メモ程度である。
相変わらず午後からの大学。本日は夜に3年生の講座仮配属決定にともなう
新歓コンパが予定されていたのだが、肝心の3年生の参加者が1人だけに
なってしまいそうだったため、1週間延期となった。
しかしそれはそれで結果的に助かったことではある。今日は実験関係で
いろいろするべきことがあったのだ。それらが全部片付いたのは6時過ぎ。
コンパでの食事を当てにしていたが、延期になったのでその後生協へ行き
食料を調達。夜中に買ってきた「麺づくり」とサロンにあった柿を食べる。
種無しだった。柿といえば猿蟹合戦だが、猿が柿を食べるのはいいとして、
そもそも蟹が柿を欲しがる動機がいまいち不明のような気がする。
「カニ+1=カキ」という関係はあるけども・・。
そこで問題。
「カニよ」は正しくなくて「カニか」は正しい。
「カキよ」は正しくて「カキか」は正しくない。
どういうこ〜とだ? 簡単すぎる?

◆ 2002/11/11 (8:52) “10月も終わり”

10/31
10月最後の木曜日は、電気カーペットをしこんだ布団でぬくぬくと寝ていて、
目覚めたらなんと午後2時を回っていた。ちょっとショック。
やはり右手の痛みに耐えたことによる疲れなのだろうか。
食事をしていなくて手許にもストックがなかったので、夜になって
外に買いに行こうかと思っていたのだが、鍋をお裾分けしてもらうことになった。
といっても鍋を割って欠片を貰ったわけではなく(当たり前だ)、
鍋で煮込んだ鍋料理をいただいたのだ。隣の講座のK氏の行く先決定祝いという
名目で何人かが鍋を作って食べていたのだが、それで作り過ぎて余ったため、
戦力として呼ばれたらしい。ちょうどお腹も空いていたところだったので
グッタイミン。鍋は、大根やこんにゃくやセリや鮭やカニやホタテなどが
入った石狩鍋風味。これが本日食べた初めての食事だったわけだが、
案外すぐにお腹いっぱいになってしまった。食い溜めはできない。

◆ 2002/11/1 (1:40) “病院行くべき?”

10/30
特に代わり映えしない水曜日だったが、またしても右手の痛みが襲ってきた。
こういうときに限って、書類を書かなくてはいけなかったりする。
昼過ぎに大学へやってくると、大学でやっているバイトの出勤簿を
出すようにと秘書さんに言われたのだ。そういえば月末である。
とりあえず気になっていた実験の方の様子を見てから、部屋に戻って
書類を書き始めたのだが、右手で文字を書くと堪らなく痛い。
ペンを持つ形がどうも影響しているらしく、力を入れずに軽くなぞるように
書いても、3文字めくらいで我慢できなくなるのだ。自分の所属を書くだけで
5分ぐらいかかってしまった。しかたないので左手で書いてみたりするのだが、
左手だとどうしてもへにょへにょの文字になる。それでもなんとか書いて
秘書さんに渡したのだが、仕事をしたことにしている5日間のうち1日だけが
実は先生の出張日と重なっていて、書き直すことに(がーん)。
ああ、右手がこんなに痛いのに、書き直しとは、とことんついてない。
その後も右手の痛みに堪えながら実験を進めること数時間。
今日は主成分元素とSrのカラム分離を行なった。実験ノートに書いてある文字も
左手で書いたのでへにょへにょである。
午後9時前に理系ショップでカップヌードルのチーズカレーとおにぎりの
ゆかりを買ってきて、サロンにて食事。これが本日最初で最後の食事。
この頃には右手の痛みはだいぶましになってきていた。前回より回復は早い。
しかし、痛くなるインターバルは短くなってきているので、ちょっと不安。
珍しく日付が変わらないうちに帰宅。なのに「エターナルダークネス」で
幻覚に恐怖していたら、結局午前3時頃の就寝に。なにやってんだか。

◆ 2002/11/1 (1:28) “野球よりはサッカー”

10/29
案の定夜更しがたたって起きたのは昼前の火曜日。
大学にやってきて、昨日希土類元素を分離したサンプルの調製をしてから
午後2時頃に、買い置きしてあったカップラーメンの「広東拉麺」を食べる。
ノンフライ麺だしスープのとろみもいい感じ。値段の割には美味しい。
夕方頃、生協でお菓子を購入してきて、塩酸蒸留のセットを
コーヒーを飲んだあとにU本君とともに完了。
夜はなんだかんだで時間が過ぎて、帰宅したのは結局午前2時。
たまたまつけたテレビでサッカーをやっていたので終わりまで観てしまい
(ただし「エターナルダークネス」で幻覚を見ながら)、寝たのは午前4時頃に。
どうやら日本シリーズというやつもやっているみたいだが、
野球はもともとあんまり興味なし。始まっていたことも知らなかった。

◆ 2002/11/1 (0:51) “秋の夜長”

10/28
早朝に名古屋に到着して、大学にちょっと寄ってから帰宅。
眠かったが「エターナルダークネス」で少し遊んでいたら9時になり、
シャワーを浴びて着替えて急いで大学へ。月曜日はコロキウムがあるのだ。
発表者は4年生3人。ところどころ眠気に耐えられなかったところがあったが、
もちろん発表内容とは関係なく、バスでの寝不足が原因である。
昼食は理系カフェテリアで、午後は鉱物を分解した溶液から希土類元素を
カラム分離する作業。午後6時頃塩酸蒸留の準備をしてから、
夕食も理系カフェテリアにて。夜もカラム分離の作業。そしていつもの夜更し。
早起きをしたからといって、早寝になるわけではないのが、習慣の怖さ。
眠いのになんとなく遅くまで起きてしまう。秋の夜長とは言うが、ちょっと長過ぎ。
それで日記の更新でもちゃんとするのならいいのだが・・。

◆ 2002/10/30 (1:47) “芸術の秋”

10/27
途中、バスは浜名湖と足柄のサービスエリアで休憩のため停車し、
午前6時に東京駅に到着。予定よりも若干早い。
とりあえず駅の構内に入って食事をしようと思ったのだが、
座れるところが少ない。ベンチのひとつやふたつ設置しても
良さそうなもんだが、東京駅で休憩する人は少ないのだろうか。
というか東京駅といえども日曜日の朝は人自体が少ない。
店も開いていないので、切符売場近くの柱にもたれ掛かって昨夜買った
おにぎりなどを食べる。それから渋谷までの切符を買った。
本日の目的は、森先生の新刊絵本「悪戯王子と猫の物語」と
「猫の建築家」のイラスト展を観ることである。
「悪戯王子」のささきすばる氏のイラストは渋谷の書店ブックファーストで、
「猫の建築家」の佐久間真人氏のイラストは池袋のジュンク堂書店で
それぞれ観ることができる。で、まずは少しは地理を知ってる渋谷から。
山の手線も人が少なく余裕で座れた。20分ほどで渋谷に到着。
町中も閑散としていて、ゴミに群がるカラスがうるさい。
7時頃着いたのだが、ブックファーストの開店時間はなんと10時。
その間通りを行ったり来たりして写真を撮ったりしていたが、あまりにも
やることがなさ過ぎだったので、マクドナルドに入ってフィレオフィッシュセット
を食べながら時間を潰すことに。2回目の朝食。
その後再び外へ出てぶらぶらしていると、渋谷でどうやら「東京国際映画祭」
が開催中であることを知る。会場も近くの東急百貨店の建物にあった。
何人か並んでいたが、まだ開いていないらしい。
さらに時間を潰すため、駅前から道玄坂へと続く渋谷マークシティとかなんとか
いう建物の中を歩いたが、小奇麗なところである。トイレも綺麗だった。
あとこの建物の中には郵便局のATMもあったのでお金もついでに下ろした。
9時半頃に再び書店近くまで行ったが、当然まだ開いておらず、
しかたなしに少し先にあったコンビニでおにぎりとジュースを買い、
書店の前で食べて開店を待った。こうして3回目の朝食を食べてしまったしだい。
遠出をするとよく食べるの法則。普段食べてない反動が出るのだろうか。
開店とほぼ同時に入店し、絵本などが売られている5階までエスカレータで上がる。
するとエスカレータを下りたすぐそこが、展示スペースになっていて、
こじんまりとささきすばる氏のイラストが飾られていた。森先生による
すばる氏の紹介文もあった。イラストはどれも綺麗でうっとり。
サイン付きポストカード入りの本がまだ残っていたので、すでに持っているが
もう1冊購入(にこにこ)。保存用にしておこう。
次に目指したのは池袋。気づくのが遅かったのだが、地下鉄の1日券を購入し、
以後の移動はすべて地下鉄ですることにした。地下鉄だと、池袋までは結構遠い。
駅前のジュンク堂書店に入って、展示スペースを探す。
小説の置いてあるフロアにそれはあった。壁に沿ってずらーっと「猫の建築家」
のイラストが飾られていた。正確には原画ではない作品シートという呼ばれる
ものらしいが、ほぼ原画と同じ作り方をされているらしい。その作品シート一覧
が載っている、注文用の無料パンフレットのようなものをゲット。
いっぱいあったのでお土産用に10枚ほどいただいたが、ちょっとドキドキ。
那古野コネクションで欲しい人がいたらあげるとしようか。
作品にはそれぞれタイトルが付けられているのだが、それがヒントになって
初めて気づいたこともあり、ちょっと嬉しくなってしまった。他にも
作者のこだわりが垣間見れて、なかなか飽きない作品群である。
さて、佐久間氏のイラスト展は、もう一箇所、銀座の画廊「ボザール・ミュー」
というところでも開かれていたのだが、実は本日が最終日だった。
というわけで、そちらにも足を伸ばしてみることに。
再び地下鉄で新橋まで行き、迷いつつも歩いて午後2時頃「ボザール・ミュー」に到着。
ビルの4階にあって全然目立たないところだが、知る人ぞ知る場所なのだろう。
表に展示会の看板が立っていたので助かった。
エレベータで4階に上がり、降りるとすぐ右手に画廊の入口。
想像していたよりもかなり小さいところである。入りにくいドアから中に入ると、
佐久間氏本人らしき人が挨拶をしてくださった。結構若い。生年は確認していたので
歳が近いことは知っていたが、イメージしていたよりも普通の好青年。
ここに飾ってあるのは本物の原画らしいが、やはりその違いは微妙である。
イラストと一緒に、過去作品のファイルなども置いてあって、描かれる共通の
モチーフの元となっているものも確認できた。お客さんは混雑するほどではなかった
ものの、佐久間氏の友人らしき人や、デビュー当時からのファンの方や、
森先生のHPで知って来た人などがひっきりなしに訪れていた。
原画とその他の作品を充分に堪能して、ポストカードと「猫の建築家」を購入。
本にはサインをしてくださった。嬉しい。イラストについての会話も少しできたし、
来た甲斐があったというものだ。直接話してみると、なるほど、イラストに
人柄が現れているのがよく判る。実に繊細で素敵なお兄さんである。
画廊のオーナらしきおばさんには、お茶を出してもらったりもしたが、
結局飲まずに画廊をあとにしたのが唯一の心残り。飲むタイミングが難しい。
これで主な目的は達成されたわけだが、実は上京ついでに観ておきたいものがあった。
それは東京都現代美術館で催されていた横尾忠則展である。場所はチェック済み。
地下鉄で木場まで出て、そこから歩いて1キロくらいのところに美術館はある。
途中、木場公園の中を歩いていると猫に遭遇。何枚か写真を撮りつつ徒歩で20分くらい。
入館前に近くのコンビニでコーラを買って、持って来ていたパンを昼食として
食べてから入館。来てみて思い出したのだが、横尾忠則展は本日が最終日で
人も多くてチケットを買うのに列ができていたほどである。作品は3階と1階に
いくつかのテーマごとに展示されていたが、人が多くてなかなか落ち着けない。
しかし、各作品はそんなこととは関係なしに、圧倒するオーラを感じさせるものだった。
とにかくどれも発想が飛んでいるのだ。40年近く前の作品でも遥かに先進的である。
世の中が全然追いついていない。いや、そういう次元の問題ではないのだろう。
ときにエロチックであり、ときにエキセントリック。コラージュにしても単なる
切り貼りでは終わらない執念がありありと感じられる。実物の作品はやはり
作者の1本1本の筆遣いが見えるという点で迫力が違う。作品を通してそれを創る
作者の姿が見えてくる。保呂草順平じゃないが、絵画そのものに価値があるという
より、それを生み出す作者の姿を観れることにこそ、本物の価値があると言える。
最後の方は閉館時間を過ぎてしまって駆け足になったが、観れて良かったと思う。
ちなみに横尾忠則氏デザインのハラマキ(ほぼ日の)を持っている。
午後6時過ぎ、美術館を出ると辺りはすでに真っ暗だった。
帰りのバスまではまだまだ時間はある。というわけで、木場駅から地下鉄で
日本橋に行き、高島屋で少しうろうろ。していると、K藤氏から連絡があり、
9時前に東京駅で落ち合うことに。とりあえず東京駅に着いて、コーヒーとパンを
食べながら時間を潰し、やがて現れたK藤氏と合流。近くの回転寿司屋で
食事となった。あまり時間もなかったので、ちょっとした近況報告をした程度だが、
会えて話せたのは嬉しい。東京ですぐに会える知り合いは少ないからね。
10時10分の夜行バスに乗り、見送られながら東京をあとにした。
隣の席は男性で、一安心やら残念やら。しかし、あまり寝れなかったのは変わらず。

◆ 2002/10/29 (23:59) “しかし無理矢理遊ぶ。そして上京”

10/26
昨日はあんなことを書いているが、ふたを開けてみれば昼起きだった土曜日。
そんな簡単に早起きできれば警察なんかいらない(<それは違う)。
ただ、昼まで家に居て良かったこともある。実はアパートのオーナの意向で
玄関のドアに電子ロックが取り付けられることになり、その取り付け工事が
今日だったのだ。外がうるさいなと思っていたら業者が来ていて、
ちょうど吉本新喜劇を観ているときにうちにも取り付けにやってきた。
作業は15分ほどで完了。ドアノブの上方に電池で動く暗証番号入力式の
電子ロックが付けられていた。5分ほど一通りの操作説明を受ける。
暗証番号は2桁から8桁までで登録することができるとか。
アパート全体の景観とは不釣り合いな電子ロックであるが、空き巣が増えて
いるらしいので仕方ない処置なのだろう。せいぜい暗証番号を押すところを
見られないようにしよう。
で、その後シャワーを浴びたりなんだりして大学へ向かおうと家を出たら、
雨が降ってきた。かなり強い雨である。仕方ないので自転車には乗らずに
傘をさして歩いて大学へ。途中コンビニに寄って食事を買ってから行った
のだが、コンビニを出る頃には雨は止んでいた。もう10分遅かったら
自転車で来れたのに、タイミングが悪い。今日は雨男みたいだ。
鉱物を分解して分取したもののうちスパイクを添加した方をカラム分離。
RbとSrのフラクションを得た頃には夜になっていた。
それぞれのサンプルの乾燥待ちの間に、一旦家に戻って自転車に乗って
杁中のゲームショップまで行って、「エターナルダークネス」を購入。
全然安くないショップだが、クーポン券があったので1000円引。
悲しいほどにマイナなゲームだが、任天堂にしては珍しく残虐なシーンが
多いゲームである。夜行バスの出発時間まであまり余裕はなかったが、
無理矢理1時間ほどプレイしてから、再び大学へ。
実験関係で1日留守にするための準備を施してから、午後9時半頃出発。
自転車で本山駅まで飛ばし、地下鉄で名古屋駅へ。10時10分前に到着。
翌朝用の食事としておにぎりと缶ジュースを買い、夜行バスに乗車。
10時過ぎにバスは東京へ向けて出発。安いだけあって狭いシートである。
しかも隣が女の人だったので、妙に気をつかってしまってなかなか寝つけなかった。
まあ、寝つけないのは最近の生活リズムのせいだろうけど。

◆ 2002/10/26 (21:16) “ゲームで遊ぶ時間がない”

10/25
エターナルダークネスの発売日の金曜日(判る人がいるのか?)。
昨日持ち帰ったラーメンは朝ではなく昼に食べた。
それは起きたのが昼だったから。
結局早起きはそんなに続かなかった今週である。
なんて結論を出すにはまだ2日早い。少なくとも2日のうちの日曜日は
バスで早朝に東京駅に到着する予定なので、早起きは確実だろう。
となると明日土曜日に早起きすることができれば4勝3敗の成績になる。
何に勝つのかといえば、己である。克己と書いて己に克つ。
中学校の担任の先生だったと思うが、毎週オリジナルの学級新聞を生徒に配って
いたような記憶。その新聞のタイトルが確か「克己」だった。
まあ、それだけである。思い出したから書いただけ。特に意味はない。
しかし、その新聞がなかったら、今でも「克己」という言葉なんて知らない
ままだったかもしれない。知らなくても困らないだろうけど。
知ってて良かったのは、ここで思い出してネタとして書くことができたことぐらいか。
なんとなくメタ日記。ネタメタ日記メタネタ日記(3回斉唱)。
さて、相変わらず鉱物分解を進め、塩酸に溶かし定量用と同位体比用に
分取して乾固まで。カラム分離は翌日回し。
夜は講座のホームページの更新を久しぶりに行ない、気づいたら10時過ぎ。
コロキウム準備のA川君と、特に何があるわけでもないT橋君は、
ウィンドウズに標準でついているトランプゲームのソリテアにはまって
なかなか帰ろうとしなかった。この部屋にこの時間まで3人ともいるというのは
珍しいかもしれない。

◆ 2002/10/26 (21:13) “喉元過ぎれば・・”

10/24
一夜明けてみると、右手の痛みはましになっていた。
しかしえらく躰がぐったりである。おそらく、昨日痛みに耐えっぱの
一日だったため、余計なところに力が入っていたせいだと思われる。
左手をずっと使っていたので左肩も筋肉痛になっている。
喘息で一晩中咳き込んで、翌日背筋が筋肉痛になったことを思い出す。
喘息だけはイヤな思い出だ。あれはまさに生き地獄。
ついに地化図用のパソコンが修理に出された。一度おかしくなって
回復はしたのだが、いつまたおかしくなるとも限らない危うい状態なので、
念のために修理してもらうことになったしだい。
夕方頃生協へ行って食料を調達。夕食はそのカップラーメンを食べるつもりだったが、
T辺氏とともに理系カフェテリアへ行くことに。
買ってきたカップラーメンは翌朝の朝食に回すことにした。
夜は鉱物分解を進める(進めたのはフッ酸だが)。

◆ 2002/10/26 (1:31) “失って気づくインスタントな有り難さ”

10/23
昨日はあれだったが、本日水曜日も比較的早起きだった。
しかし、起きた時にはそうでもなかったのだが、
時間が経つにつれて右手首が痛み出してきた。ずっと前にも味わった
定期的にやってくる原因不明のあの痛みである。
大学に来てからも、ますます痛みはひどくなり、手首はほとんど曲げられず
実験するにも物を持つことさえできなくなった右手は、ほとんど使えない状態に。
無理矢理動かそうとするとその痛みで思わずうめき声が出るほどである。
平静を装おうとしてもどうしても顔が歪んでしまうほどに我慢ならない痛みなのだ。
たとえるなら、痛みの種類は違うが、タンスの角で足の小指をぶつけたときの痛みを
長時間堪えている感じ。そのストレスで発狂しそうにすらなる。それくらい苦しい。
とはいえ、あからさまに痛がってみせるような甘えた態度はとりたくない。
しかし、そんな虚勢が無効なほどの激痛に否応無しに苦しむことになる。
というわけで、朝から「病院に行った方がいい」と5万回は言われただろうか。
前から言われ続けていることではある。確かにその通りだし、
自分でも早く行ってなんとかしてもらいたいと思っている。しかし、
やっぱり時間がないのだ。そんな余裕はなしなのだよ。
特に今週は、日曜日に上京する腹づもりなため、それに向けて実験を
少しでも進ませておく必要がある。休んでられない。まったく、こんなときに。
タイミングが悪いったらありゃしない、という思いである。
痛みに耐えながら実験を少しずつ進め、やがてお昼になり、奨学金の継続願を
大学院の事務まで取りに行き、そのまま5人ほどで昼食のため生協食堂へ行くことに。
予想はしていたが、ちょうど行列ができている時間帯だった。
いつもなら並ばない長さだったが、なりゆきで並んで食事にありつけるのを待った。
食べた料理はいつもの玉子納豆かけご飯だったが、これは失敗だった。
右手が使えないときに選ぶメニューではない。もちろん箸は左手で使えるので
問題ないのだが、茶碗等を支える方の右手がそれらを掴めもしないほど
痛むために、ちびちび食べることになる。しかも掴みにくい納豆だ。
こうして食事に時間がかかってしまう結果となったしだいである。
右手の痛みはそのあともいろいろな弊害をもたらしてくれた。
夕方頃、痛みを堪えて生協へ行き、森先生の絵本「猫の建築家」を買ってきた。
イラストは佐久間真人氏。痛い思いをしてまで買っただけのことはある出来にホクホク。
「悪戯王子と猫の物語」も大量に入荷され並んで平積みされていた。
絵本は入荷しないだろうと思っていたのだが。品揃えに明らかな偏りがある。
そのあとお菓子をいくつか買ったのだが、お金を払ってお釣を受け取ったまでは
良かった。小脇に本を抱えていたからか、商品を入れてもらった袋を置き忘れたまま
その場を立ち去ろうとしてしまったのである。こんなことは初めてだ。
それくらい手の痛みに気を取られていたのだろう。お金を財布から出すだけで大仕事
なのだからしかたない。
その後、飴を食べるときにも苦労した。ひとつひとつ小袋に入れられている飴を
取り出すには小袋を破く必要があるのだが、右手の握力がほとんどない状態
(というか力を入れると痛い)だったため小袋すら開けられないのだ。
したがって口を使って毎回開けることになる。世の中は、健常者じゃない人に
優しくない物で溢れていることを実感する。
午後9時頃になって、ようやく右手の動きも少しずつ柔らかくなってきて、
物がつかめる程度には回復してきた。キーボードもなんとか打てる。
このまままた痛みは引いていくような予感。そしたら病院へ行くのが
また遅れるかもしれない。でも、痛くないときに病院に行ってどれほど痛みが
医者に伝えられるのかと思うと、痛くないときにはもったいなくて行けないのである。
こんなことを言ってるからいつまでも行けないのだろう。
さて、その後も実験を続けて日付が変わってから夕食を買いに外へ出たら、
雨が降っていた。傘は持って来なかったが置き傘があったのでそれを
取りに戻ってからコンビニへ。おにぎりとスパ王(きのこ醤油マヨネーズ)を
買ってきてサロンで食す。スパ王を食べたのはかなり久しぶりで、白スパ以来だが、
やはりスパゲティのインスタントは口に今一つ合わないということを再認識した。
生麺感覚が美味しいのは美味しい。しかし、どうも口につく油っ濃さが煩わしい。
ちゃんとした店でスパゲティを食べる分には全然構わないのだが、インスタントなのに
あとに残るようなべたべた感があるというのが、気に食わないのかもしれない。
焼そばも似たようなところはあるが、あれはソースのべたべた感だから、まだ
納得というか妥協できる感じ。インスタント食品に本格料理はいらないと思う。
インスタント食品を食べるときはこちらの心構えもインスタントなんだから、
食感も食後感インスタントであってほしいとぞ願ふ。ライトな食べ物プリーズ。

◆ 2002/10/26 (1:07) “長続きしない”

10/22
8時過ぎに目覚めるも、10時半頃電話で起こされるまで二度寝をしていた火曜日。
昨日の勢いはどこに行ったのか。それはそれとして、電話だが、
何事かと思えば4年生のK藤君が放射化分析の解析について教えて
ほしいところがあるとのことで、来て頂戴というM先生からだった。
もともと起きるつもりではあったものの、自分で起きるのと
起こされるのとでは、そのあとの行動の機敏さに差が生じる。
起こされた方が切迫感があるため、再び布団に沈むことも、
だらだらとシャワーを浴びたりすることもなく、大学へ行かざるを得ない。
いわばエマージェンシィ・コールみたいなものだ。ただし、緊急事態にも
いくつか段階があって、今回のはシャワーは浴びてられないけどトイレは
行かせてもらうというレベル。というわけで大学へ来たのは11時頃。
共用のノートパソコン上でK藤君に放射化分析で得られたスペクトルの
見方などを教授したのち、昼食へ。理系カフェテリアにて食べる。
戻ってきてから、今度はU本君のサンプルの放射化分析のために、
アイソトープセンタに一緒に行ってセットし装置を走らせる。
それと同時に別のサンプルについての解析をしようとしたのだが、
ひとつが上手くいかずかなりの時間を取られてしまった。
そうこうするうちにK藤君とO田君がやってきた。K藤君のサンプルの
最近の分析ファイルをMOにコピィしにきたらしい。何故O田君が一緒なのか
といえば、まだK藤君が1人では分析装置のある管理区域に入ることが許されて
いない登録者だからである。何度か経験者とともに入り、先生からの連絡が
センタの方にあれば一人立ちできるシステムである。
研究室に戻ってきたら4時頃で、それからようやく自分のサンプルの準備開始。
夕食も理カフェで摂り、夜中までかかってサンプルの前処理を続けていた。
日付が変わってから帰宅。そしてシャワーを浴びてから就寝。
夜に家でシャワーを浴びたのはかなり久しぶりのことである。
これからの季節、体を温めるためにも夜のお風呂が良いかもしれない。

◆ 2002/10/22 (2:44) “男ならやって、やれ”

10/21
やればできる早起きも。
というわけで朝から雨の月曜日は早起きをして、午前8時半には大学へ。
本日から後期のコロキウムが始まるからである。コンビニで買ってきた
おにぎり等を食べて、実験や次の測定に向けてのサンプル調製のための
準備をして、9時半からのコロキウムに臨む。
T井君、M中君、U本君の3人の発表だった。T井君はそこそこいい感じ、
M中君は相変わらずの調子で説明不足、U本君は読んだ論文をそのまま
紹介し過ぎで、たまりかねたT辺氏からやり直しをくらっていたYO!
(<YOとか言うな)。まあ、あんまり人のことは言えないが、
もう少し発表用にまとめてほしい。やればできるはずである。
コロキウムのあとは進化グループでマシンタイムを決めるミーティング
があり、その後T辺氏と二人で理系カフェテリアにて昼食。
玉子納豆かけご飯と味噌汁とツナと白菜の煮付けという質素なメニュー。
しかし必要充分な量と質である。納豆はやはり偉大。
午後は実験器具の洗浄を3時間くらいぶっ続けで行ない、その他、
次の測定に向けてのカラム分離のための準備などしたり、
5時半頃生協へ行ってお菓子類を仕入れてきたり。雨はすっかり上がっていた。
夕食は食べずに引き続き実験準備などをしているうちに時間は経過、
気づけば日付が変わる時間。
実は今朝、ポストイットにやるべき事柄をひとつずつ書いて、それを
パソコンのディスプレイ横に貼って、終わったものから剥がしていこう
という森先生もやっておられるらしい方法を試してみたのだが、
夜になって振り返ってみれば、7つ貼ったうち終了したのは2つだけだった。
っていうか、1日で終わらない事柄が多い。実験室の使用状況にも影響される。
まあ、メールの返信をしていないのは明らかに怠慢だが。
「海馬」を読み終えた。いやあ、これは評判通りの面白さ。
というか生きる勇気が湧いてくる感じ。脳に関する認識を新たにしてくれる。
何歳になっても脳は活性化できる、むしろ30歳を越えてからの方が
経験の組み合わせの多様性のおかげで考える能力が高くなるという話は、
とても興味深い。脳細胞は確かに減っていくがひとつひとつのつながりを
増やすことができれば、頭を良くることができるとか、感性や創造性なども
訓練すれば得ることができるものだとか、そういう話が盛り沢山。
「やる気がないときは、やってみるしかない」という話も出てきたが、
これは森先生もおっしゃっていたことだ。なんとなく嬉しくなった。
寝ているときに海馬が記憶の要不要を選り分け、その結果、できなかったこと
ができるようになったり、解らなかったことが解ったりするらしい。
睡眠もちゃんと取らなきゃダメだなと痛感。

過去分 ->

管理者パスワード

i-BBS